「怒る」「叱る」は、どちらも「相手の非をとがめ、きびしく注意する」ことです。子育てや部下の育て方の本などでは、「怒るのではなく、叱ることが大事」といったことが書かれているものも多く見られますが、その違いは一体どこにあるのでしょうか。「怒る」と「叱る」の違いを簡潔に示すと以下のようになります。
①どんな気持ちで | ②なんのために | |
怒る | 感情にまかせて | 自分のために |
叱る | 冷静に落ち着いて | 相手のために |
このページでは「怒る」「叱る」の違いについて、詳しい意味と具体的な使い方とともにわかりやすく解説しています。
「怒る」「叱る」の意味と例文
まず、「怒る」と「叱る」の辞書での意味を確認しておきましょう。
【怒る】
1.不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。
2.よくない言動を強くとがめる。しかる。
出典:『大辞泉』【叱る】
目下の人の非を認め、それを改めさせようとして厳しく注意する。
出典:『明鏡国語辞典』
冒頭で示した①どんな気持ちで②なんのためにという二つのポイントと、上記の辞書の意味を比べながら「怒る」と「叱る」の使い分けを考えていきましょう。
①どんな気持ちで
まず、「怒る」「叱る」の感情面に注目します。
辞書の説明を見ると、「怒る」には「腹を立てる」という意味があることがわかります。「腹を立てる」とは、「許しがたい出来事に接し、不快な気持が抑えきれず、言葉や態度に表われる。(出典:『三省堂慣用句辞典』)」ことで、理性よりも感情が先行してしまっている状態です。「怒る」の二つ目の説明にある「強くとがめる」も、土台は同じです。つまり、感情が先行した状態で相手を強く責めるということです。
一方で「叱る」の説明には「非を認め」と書かれています。「非を認める」とは、誤りや不正に気付き、それを受け入れるということです。「非を認める」には、相手を冷静に見つめる精神状態と、誤りを受け入れる気持ちの余裕が必要です。「叱る」とは、冷静な落ち着いた状態において相手を注意するということです。
では、例文を見てみましょう。
✕ミスを犯した部下を叱って殴りつけた。
部下を殴りつけるというしてはならない行為に及んだのは、感情が先行していたからにほかならないでしょう。そのため「怒る」は違和感なく使うことができます。しかし、「叱る」の場合はどうでしょうか。冷静な落ち着いた状態であれば、殴りつけるという行為を自制できると考えられることから「叱る」では非常に不自然な文になります。
△顔を真っ赤にして店員を叱っている。
顔が赤くなるのは、感情が揺さぶられたために自律神経が乱れ、心拍数や血圧が上昇するからです。このような感情が先行している状態で相手をとがめていることを表す場合は、「怒る」が適切です。落ち着いて相手を注意する「叱る」は、顔が赤くなるという感情が乱れた状態とともに使うのは不自然です。ただ、顔色一つ変えずに怒る人がいるように、顔を赤くして叱る人がいないとは言えません。そのため、✕(不適切)とまでは言えず、△(やや不自然)としました。
補足ですが、「怒る」と「起こる」は語源が同じだそうです。つまり、心の中でなんらかの感情が生じるという言葉が、怒り(いかり)を表すようになっていったということです。このことを知ると「怒る」が、感情的な意味を持っているということを理解しやすくなるのではないかと思います。
②なんのために
では次に、なんのために「怒る」「叱る」のかという点から考えてみましょう。
「怒る」の辞書での説明には、なんのためにという目的や意図は一切書かれていません。「我慢できない気持ちを表す」とあり、むしろ怒る人自身が感情を爆発させているだけです。一方で、「叱る」は「改めさせようとして」とあり、よくしたい、改善したいという意図があることがわかります。このことから、「怒る」は自分自身の気持ちを相手にぶつけることでイライラや不快感を発散するために行う行為であり、「叱る」は相手によくなってほしいという思いをもって行う行為であると言えます。
では、例文を見てみましょう。
〇優しく叱る。
「優しい」とは、他人に対して思いやりがある様子や態度のことです。そのため自分の気持ちの発散のために感情をぶつける「怒る」とともに使うことはできません。「叱る」は、相手によりよくなってほしいという意図のもとに穏やかに思いを伝える行為なので、「優しく叱る」ことができます。
〇あのとき諭すように叱ってくれた恩師に感謝している。
「諭す」には、目下の人を教え導くという意味があります。相手によりよい方向に向かってほしいという思いが詰まった行為です。そのため「叱る」とともに使うことはできますが、「怒る」とは使うことできません。
「怒る」「叱る」の違い、まとめ
「怒る」「叱る」の違いと正しい使い分け方、このページの解説でおわかりいただけましたでしょうか。違いが分かると「怒るのではなく、叱ることが大事」という言葉にも納得できるのではないでしょうか。
最後にもう一度、正しい使い分けのポイントを以下に記します。頭の中の整理にお役立てください。
①どんな気持ちで | ②なんのために | |
怒る | 感情にまかせて | 自分のために |
叱る | 冷静に落ち着いて | 相手のために |